太陽がいっぱい

ルネ・クレマン、1960。アラン・ドロン青年が、金持ちの道楽男モーリス・ロネを海の上で殺害。あとは殺しと女を巡るサスペンスが展開される。殺しが二度あるのだが、ショッキングな演出をまるでしていない。死体発見シーンも同様にショッキングではない。二度の殺しのあとは必ず飯を食らうシーンが入る。これが意味するところは生と死の対照くらいしか思いつかないのだが、とにかく殺しのシーンに限らず、逃亡するアラン・ドロンなんかもスリリングではない。すなわちこの映画は一般的なサスペンス映画とは異なる映画なのだ。サスペンスがどこにあるのかといえば、アラン・ドロンがモーリス・ロネと同化することにある。実際アラン・ドロンはモーリス・ロネを殺して本人になりすます。そうするとアラン・ドロンの心中を察したくなるのだが、そこはアラン・ドロンお得意のポーカーフェイスが見事に炸裂してわからない。なりすましたときのアラン・ドロンのエロスが尋常ではない。最初の鏡のショットからつながる一連のなりすましは、靴からですらエロスを感じさせる。最終ターゲットである女の心をつかみ、ようやく表情がほぐれ、ラストショットでは、明らかに青年の笑顔を見せるアラン・ドロンがいる。見事にシンプルで見事に残酷なラストショットだった。95点。