コメディ・フランセーズ  〜演じられた愛〜

フレデリック・ワイズマン、1996。傑作。ワイズマン初の外国映画。相変わらずインスティテューション映画。国立劇場を舞台にフランス社会の縮図を見事に描く。映像の豪腕っぷりは相変わらず凄い。撮影も凄いけれど録音も同じくら い凄い。説明的でないのは毎度敬服。フランス社会も国立演劇もとっても嫌いなのに、好き嫌いの問題なく見られるのは、ワイズマンを相当好きだという、好き嫌いの問題だと確認。ワイズマン、日本でのロードショー公開やパッケージ化が少なすぎる。日本はアメリカ大好きなはずなのに、映画に関しては本当に無関 心。

中国女

ジャン=リュック・ゴダール、1967。傑作小品。かなり分かりやすいコメディ色強い政治映画。かなり低予算。手作りアートっぷりが若くて素敵。いわゆる普通のカット割りが殆ど無い。元々少ないけど。コラージュ連発。カメラも殆ど作為的な移動をしない。5月革命の前年の映画。5月革命を描いたフランス映画とこの映画の若者たち、空気が凄く似ていて、ゴダールのドキュメンタリー的臭覚の鋭さを確認。音と映像やはりゴダール感覚がポップ。ジュリエット・ベルトはやはり素敵。

黒い家

森田芳光、1999。駄作。サイコホラーコメディ映画。サイコホラーの使用法が分からない。森田色は薄めに出ている。撮影が随分ノーマルになった。恥ずかしい演技と、ホラー独特の長すぎる間に耐えられず、早送り。

VERSUS

北村龍平、2000。不思議な映画。 アクション。映像を作るのが上手だけどダサい。映像の連なりを作るのが凄く上手だけどダサい。役者は演技も外見もダサい。でも男女の幾つかのシーンなんか は映画的な感動をしてしまう。映画内映画。全てにおいて現実と比較することを避ける映画。フィクション。こんな浮世離れ映像に対して、音の使い方を軽々に は判断できないが、最悪のアフレコ。架空の言語の世界の映画の下手な日本語吹き替え版。音楽もダサい。時間の長さに憤慨。

太陽はひとりぼっち

ミケランジェロ・アントニオーニ、1962。良作。アラン・ドロンは脇役で、モニカ・ヴィッティの映画。モニカ・ヴィッティは前見たときの記憶より表情が豊かで、行動も論理的であった。見たのはフランス語版だったのだが、モニカ・ヴィッティの魅力はイタリア語でこそ輝くのでイタリア語版で見たいところ。舞台もイタリアだし。アントニオーニにしては「意味」がありすぎる。邦題酷い。

スケアクロウ

ジェリー・シャッツバーグ、1973。傑作。ニューシネマ風ロードムービー風ドラマ。導入が印象的。心の痛み系の映画で、ここまでエンタテインメントでバディな映画も珍しい。主演者二名の功績か。ヴィデオで見たのだが、フレーミングがとても変で、画が窮屈で、調べたところ、オリジナルはスコープサイズなのにヴィデオはスタンダードサイズ。横幅半分くらいカット。ヴィデオでこの映画を見ても、そのフレーミングについて語る権利は無い。何度もヴィデオで見た。権利を 粗暴に奪う商業世界。映画産業はパッケージ商品の取扱いが雑すぎる。DVDはシネマスコープ。もう一度見るのも面倒くさい。

ザ・ロイヤル・テネンバウムズ

ウェス・アンダーソン、2001。凡作。スタイルがあるのだが、そのセンスが非常に曖昧。致命的に行儀が良い。否定するほど自分なりに享受出来ない。色と音楽の 使い方は嫌い。彼の演出は思いつきの感じがしないから窮屈。分からない映画。