人生はビギナーズ

マイク・ミルズ、2010。素晴らしすぎて珍しく時間がたつのを忘れて見入ってしまった。この映画は愛と死という人生の最重要事項的なトピックを、映画の構造同様に軽妙に語る。そしてその語り口はとても優しい。軟弱なんじゃねえかって思うほど優しい。そんなマイク・ミルズの眼差しは『サムサッカー』から不変。僕は映画界の人間相関図なんて知らないけど、マイク・ミルズ、ソフィア・コッポラ、ミランダ・ジュライ辺りの映画はとても似ている。そのメンタリティの根底にあるのは、みんな生まれながらの金持ちだということ。本当に金持ちの子かどうかは知らないけれど、良い感じに育った金持ちの醸し出す優雅さというのは叩き上げでは絶対に表現できない。この映画はそんな優雅な優しさに満ち溢れた本当に愛すべき作品だった。あとは脚本と演出のディテールの素晴らしさ。そんな細やかな演出に生かされたメラニー・ロランは本当に素敵だった。100点。

フランス、幸せのメソッド

セドリック・クラピッシュ、2011。クラピッシュは映画の終わらせ方が本当に上手い。エリック・ロメールや増村保造のようにもれなく上手い。それにしても失業して自殺未遂をするカリン・ヴィアールから映画は始まるんだけど、そういうネガティブ要素感がまるでなく、エレガントでシャープな映像美を見せる辺りはクラピッシュらしい軽薄さがある。会社が潰れて失業保険がどうのこうのとか、会社を潰したトレーダーがリンチにあったり、そんな話が展開されるんだけど、クラピッシュの眼差しはそうした社会構造的なモチーフからは一歩も二歩も引いている。逆に一歩も二歩も踏み込んでいるのは、あいも変わらず男と女の初々しい愛の事柄でしかない。このあまりの初々しさを見ると、クラピッシュはいまだ『青春シンドローム』まっただ中という感じがまたどうしようもなくて嬉しい気分になった。100点。

真夜中のパーティー

ウィリアム・フリードキン、1970。ゲイのお誕生日会の一晩を描いた舞台の映画化。舞台の俳優をそのまま使ったらしい。舞台モノだから台詞が多くて日本語字幕を読むのに追いつけなかった。でもこの映画は凄まじい雰囲気映画で、ゲイや時代や美術や衣装や小道具、目に見えるものが強烈にカッコ良かったりカッコ悪かったり、とにかく素晴らしかった。特に前半は大量の台詞と大量のカット割と役者の動きに圧倒された。でも後半の電話ゲームのくだりは、ちょっと舞台劇的すぎて映画としての甘さを感じた。フリードキンはこの翌年に『フレンチ・コネクション』を撮る。完成度は断然『フレンチ・コネクション』だけど、インパクトなら対抗できそうな作品。100点。

深呼吸の必要

篠原哲雄、2004。この映画のいわゆるストーリー部は良くない。凡庸極まりないと思う。でもストーリーが停滞しているように感じる瞬間の、沖縄の磁場みたいなものが凄い。さとうきび畑でこれから1ヶ月延々と同じ作業をする。住み込みバイトだからまかないとか出て、1日に1円も使わないような生活。なんだかさとうきび畑で働く黒人奴隷の労働歌まで聴こえてくる。これが1900年ルイジアナ州とかならそれはファンタジー映画みたいなものなんだけど、そこは紛れもなく2004年の沖縄だという現実に圧倒される。香里奈がいて、長澤まさみがいる。完全な現代劇であることにひれ伏すしかない。これをスコープサイズ特有の切り取りや演出で人物を描写していく。キャラクターで素晴らしかったのは香里奈。彼女の存在がなかったら、この映画は成り立たない。どんな状況にあっても絶対に在り方を間違えないキャラクターの存在は、つまらないストーリー部を補完するには十分過ぎる存在だった。要は香里奈ばっかり見てれば万事快調に映画は進む。香里奈は所作も凄く凛としていて素敵だった。100点。

アカシアの通る道

パブロ・ジョルジェッリ、2011。ロッセリーニ曰く、男と女と車があれば映画は撮れる。このアルゼンチン映画は実際『イタリア旅行』のような作品ではなく、90年代のアジア映画のような抑制の効いた寡黙な演出が光る傑作。最近見たアルゼンチン映画『ブエノスアイレス恋愛事情』とかなり共通項のある作品で、男と女の出会いを描いた作品なんだけど、これが90年代アジアだと、最後は絶望とか虚無とか残酷な終わり方が多い。でもこの映画も『ブエノスアイレス恋愛事情』も素敵なエンディングを迎える。孤独の描き方も似ている。あとこの作品はタバコの使い方が素晴らしかった。僕はタバコの使い方にうるさいんだけど、このやり場のない弱くて勇気がない主人公の心象風景を、タバコは見事に言い表していた。100点。

レディ・キラーズ

ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン、2004。どうもダダ滑りの駄作という印象。タイトル通りレディ・キラーズの部分は楽しめるんだけど、その前の強盗シーンは本当に退屈だった。ここであまりの退屈さに挫折しそうになった。得意の音楽の使い方も、ゴスペルにスリラーを合わせてそれをオフビートに処理するなんて、多分コーエン兄弟ファンの思うちょっと高めの敷居を越えられていない。あとはこれも意味があるんだろうけど、トム・ハンクスの演技演技した演技。これは最初っから最後の台詞までとても鼻についた。途中で再生ストップしようと何度思ったことか。そして見終わって思うのは、途中で再生ストップすべきだったということ。85点。

夢売るふたり

西川美和、2012。僕は『蛇イチゴ』以外の西川の長編が理解できない。脚本が良く言えば複雑で、悪く言えば問題だらけだから。結局この映画も本当に脚本に泣かされた。まずイージーミスというか訂正できるものがいつもある。特に終盤の脚本。更に僕の脚本へのこだわりと西川のこだわりが全くズレている。この時点で致命傷。ただこの映画に関しては今までのような具体的で致命的な脚本のミスはなかったという印象。でもこれだけ長い映画だと、田中麗奈が再度登場するときに、最初にどうやって消えていったか忘れている。木村多江は2度目の登場だけど1度目の登場を忘れている。これは僕が女優を知っていてもそうなるんだから、国際コンペでのっぺりとした日本人がぞろぞろと登場しても、多分ウェイトリフティングの女しか区別がつかないと思う。西川作品にはいつも脚本の問題があるんだけど、この映画は脚本以外はとても良かったと思う。特に女優たち女優たちの素晴らしさ。単発で登場ではもったいなさすぎた。田中麗奈がいつも文句を言っているのは、彼女は文句を言っているときが一番エロいということを監督がよく分かっているんだと思う。田中麗奈は素晴らしかった。あとは鈴木砂羽のセックスシーンへの入りは見事だった。西洋映画みたいだった。あんなおばさんいいなと思った。あと問題としては上映時間長さ。この映画を表現するのに137分も必要だろうか。どう考えても詰められる。長い映画は嫌い。90点。