赤目四十八瀧心中未遂

荒戸源次郎、2003。映画見た。原作を読んでいた。僕は寺島しのぶはミスキャストだと思うのだが、大西滝次郎の方が駄目だった。あれでは大学出たての童貞真面目君に見えてしまい、僕のイメージには程遠かった。彼は人生をもっと知っていなければならなかった。荒戸源次郎の映像メイクは時代遅れであり、原作は平成の世にどう考えても昭和文学然としたものであったが、映画は大正と昭和の匂い。それも決して良い匂いでは無かった。長すぎる。85点。

息もできない

ヤン・イクチュン、2008。まあまあ。タバコの使い方が解せない。女子高生はとっても良かったと思う。そもそもヤン・イクチェンにシネアストを感じることが無かった。映像というものはミラクルやマジックが多かれ少なかれあるものなんだよ。それが感じられなかった。シネマライズのちっちゃい映画館は見にくい。お金を払いたくない映画館。

シークレット・サンシャイン

イ・チャンドン、2007。とてもつまらない映画。つまらない映画を見ると考える。面白い映画は面白かった~。スゲー。あのシーン、あのカットスゲー。あの女優カッケーってな感じで終わるんだけど、つまらない映画は何故つまらなかったのかを考えるわけだ。メンドクサイけど真面目だから、「苦手」とか「嫌い」だけで誤魔化せないんだな。まず主人公がとても分かりにくい人物設定だ。ソウル人が死んだ夫の故郷に住むというのは実はこじつけで、ソウルではいろいろあったりしたんだが、ここが人物設定として上手く説明出来ていない。主演女優は演技派が災いし「演じる」ことに過剰に陶酔しているように見える。ストリッパーみたいなもんだね。「よっ、ネエちゃん」って言いたくなる。主演俳優はよく見かける人だが、彼以外にこういうの出来る人がいないから、彼スゲーって言われるんだろうけど、それは裏を返せば韓国映画は相変わらず危機的な状況にあるということなんだなぁとその薄さビビった。彼は好きな役者。脚本の作り方が、不器用すぎて洒落てない。後々登場するカットの前振りですよ~っていうのが前振りの段階で分かる。分かってしまうから、後からそれが出てくると見ているのがちょっと恥ずかしい。「さっきがこうで今度がこうだから、ふむふむそういうことか」なんてお洒落に表現しないとだめだよ。シーケンスメイクが下手で、シーケンスが始まった時に、こういうシーケンスをメイクしますってのが分かり、頭の中はもうストーリーが進行してしまう。それでシーケンスメイクが普通すぎるから、想定外の画も無くつまらない。ワンショットに意味を持たせようとし過ぎている部分が多いとも感じた。特に男女2人の関係性の映像描写。これは過剰サービス気味。僕が決定的に面白くないと思ったのはキリスト教の取り扱い。宗教音痴日本の居酒屋の会話レベルの価値観、宗教観しか映像として表現出来ていない。間違いなく社会派エンタメムービーなんだから、もっとエグって頂戴と思う。つまり、宗教観に基づく映画であればいいんだが(ギドクみたいなね)、社会派として宗教を提示している映画なんだよ。その提示がテキトーなんだよ。怠けてんじゃないよと思う。僕はイ・チャンドンを一本しか見てない。だから彼をシネアストとして語るのは難しいのだが、イ・チャンドンはスリリングな事をを日常的に描く。トリュフォーは日常をスリリングに描く。僕はトリュフォーが好きなんだよ。こうしてつまらない映画でもあーだこーだと酒の肴に出来る。映画って本当に面白い。 85点。

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ

セルジオ・レオーネ、1984。
15年ぶりに見た。目線の演出、これにびっくりした。
画面の登場人物は何かを見ている。
何を見ているのか?分からないカットが多々ある。
殆どは次のカットで分かるのだが、
何を、どういう視点で、どういう意味合いで見ているのか。
あるいは見ていないのか。
何をどれだけ分かっているのか。あるいは分かっていないのか。
この映画は台詞が少ない。気持ちや状況を打ち明けることをあまりしない。
人間の言葉には意味がある場合が多い。
人間の目線にも意味がある場合が多いが、
目線の意味は言葉に比すればかなり分かり辛い。
セルジオ・レオーネはその分り辛い表現技法を巧みに使い、
男の友情を伝えてくれた。郷愁を伝えてくれた。
怒りや喜びや悲しみ、そういった刹那的な感情ではなく、
人間そのものを伝えてくれた。性みたいなものだ。
目は口ほどにものを言うが口ほどには明確ではない。
人間というものは言葉で説明出来るほど明確なものではない。
セルジオ・レオーネは明確な「目」で映画を作ったと思う。

アニエスの浜辺

アニエス・ヴァルダ、2008。僕はヴァルダの映画をあまり見ていない。幸福(1964)、5時から7時までのクレオ(1961)辺りはヌーヴェル・ヴァーグを掘り下げていた頃に見た。しあわせの艶やかな配色なんか覚えている。でこの映画は80歳になった自分を見つめる(見世物にする)自伝的作品。しかし流石はおフランスなので粋な見せ方も心得ている。愛とか死とか重いテーマもお涙頂戴にはならない。ホントはもっとコメディ色が強いんだろうけど、僕が真面目に見てしまって失敗。という感じの映画でした。

マイ・ブルーベリー・ナイツ

ウォン・カーウァイ、2007。
久々の映画。いたって普通に面白い。
ノラ・ジョーンズはキャラクターとしての魅力が乏しかった。
それがこの映画にとって致命傷となった。
キャット・パワーがとても可愛かった。でもちょっとしか出てない。
ウォン・カーウァイにアメリカは似合わなかった。
リーピンビンかドイルを連れて行けば別なのだろうけど。