ラスト・ソング

ジュリー・アン・ロビンソン、2010。マイリー・サイラス主演。マイリー・サイラスと言えば普通は「シークレット・アイドル ハンナ・モンタナ」の人気アイドルとか、ゴシップ系のセレブのイメージが強いけど、僕は彼女を歌手として知った。とてもアメリカ的な歌い手で、将来有望な若手が登場したと思ったらアイドルだったというわけで、映画を見た。この映画は107分とは思えないほどいろいろ詰め込みすぎだと思う。バカンスで分かれた親父のところへ行き、恋をして、親父がガンで倒れて死んでいく話し。マイリー・サイラスは演技下手なのか上手なのか、男に抱きつく演技とか男絡みの演技がとても可愛かった。恥ずかしがっているのが可愛いのか、本当に演技が上手いのか分からなかった。その男とも親父のガンがきっかけで離ればなれに。そして再会して最高のハッピーエンドで終わる。これが当たり前のことなんだけど、脚本があちこち行っちゃうから、はっぴいえんどに終わるのか凄く不安だった。マイリー・サイラスには幸せになってもらいたかったんだなあ。結果的にこの映画はマイリー・サイラスinラスト・ソングでも良いような映画なんだけど、マイリーにいろんなことがありすぎる。万引き犯にされるシーンとかあの辺の嫌な奴絡みのシーンはバッサリ削って欲しかった。でもマイリー・サイラスほど歌と演技が出来る人はそんなにいない。その上1992年生まれという若さ。ちょっと私生活が心配だけど才能は申し分ない。

スーパーマンを待ちながら

デイヴィス・グッゲンハイム、2010。この映画は不朽の愚作「不都合な真実」を撮った監督の作品だから疑惑の目でしかみられなかった。この映画は米国の教育制度の問題点を扱ったドキュメンタリーなのだけど、やっぱり酷い作品だった。まず組合とかを悪とみなし二項軸を作り上げ、勧善懲悪の精神で悪に対して鋭くメスを入れていく。悪が完全な悪で、善が完全な善であるのか。悪は本当に悪なのか。善は本当に善なのか。そんなことはグラフで説明できても個人にフォーカスを当てると分からないものだ。でも悪にフォーカスを当てていないだろう君は。で、デイヴィス・グッゲンハイムにとって悪とは何かというと、グラフで説明出来る悪しき慣習であり、それを守っているかのように見える組合であるわけ。これは良識がない人が見たら洗脳されてしまうような映画だ。デイヴィス・グッゲンハイムとマイケル・ムーアは絶対に気をつけた方が良い。勧善懲悪、二項軸の対立、臭いものに蓋をする。こんなことばかりやっている。客を騙すようなプロパガンダはとても腹が立つ。

キャリー

ブライアン・デ・パルマ、1976。これはもう救いようのない絶望的な展開を、ひゃー面白れーなんて僕は見る余裕もなく、本当に豚の血からは内容もカッティングも凄い。デ・パルマ得意のハイスピードカッティングでもうこれは一つの舞台のクライマックスという感じ。その主役シシー・スペイセクは姿勢が良い。僕はジョン・トラボルタと一緒にいたナンシー・アレンが好きだったんだけど、調べたらデ・パルマと結婚していてちょっとデ・パルマが憎らしくなった。この映画は俳優陣、特に女優の充実ぶりは凄い。女子高生のシシー・スペイセク、エイミー・アーヴィング、ナンシー・アレン、プリシラ・ポインターなど、この作品から充実したキャリアを築いていく女優が多いこと多いこと。それでキャリーの母ちゃんパイパー・ローリーは狂信的なキリスト教信者なんだけど、ラストの方なんて心理がよく分からなくてデ・パルマが演出していないらしい。そこを乗り越えるところなんてやっぱ女優だなあと思う。まあ僕はキリスト教がやたらと出てきてあんまり好きな映画じゃないなあ。デ・パルマってまず映像ありきだし。ミュートにして音楽とかかぶせるとよく分かるよデ・パルマの映像ジャンキーっぷりは。

モンガに散る

ニウ・チェンザー、2010。何か古くさいと思って見ていたら設定が1986年とは知らなかった。モンガ(艋舺)いうのは現在の台北市万華区にあたる。日本統治時代に名前が変わったらしい。このモンガにある下町がこの映画の主役だろう。とにかくモンガのアーケード街や常設屋台や風俗街が沢山出てくる。僕はこういう街を見たことがないのだが、こういう街に住みたいと思った。ここを舞台にヤンキー高校生達の利権争いからヤクザの利権争いへと、ちょっと飛躍しすぎな脚本で話しは展開する。友情、愛情、任侠、裏切り、そういう映画なんだけど、そういう映画らしく最後はどうしようもないエンディング。僕はヤクザ映画が苦手で、それは覚えることが多いから。この人はこの人の上の人でこの人は父親がこうでとか、そんなの覚えてられない。だからこの映画も後半はヤクザ映画になってしまったからつまらなかった。でもこの映画とモンガの街が持つエネルギーと、そこを疾風のように駆け抜ける青春は素晴らしい物だった。特に最初の方は街を猛然とダッシュする際にスピーカー屋からクラシカルな音楽が流れていたり、そういうのが度々あった。少しテレビ的な構図が多かったり、凡庸なカメラワークが多かったのは残念。でも本当にモンガに行ってみたくなったなあ。ニオイとかすごいんだろうなあ。

フェイシズ

ジョン・カサヴェテス、1968。稀に見る傑作。映画を飛び越えて写真集のような映画でもある。そして題名通り顔をクローズアップで映しまくる。ハリウッドに嫌気がさしたカサヴェテスが自主映画に戻った作品であり、カサヴェテスの最高傑作。多分カサヴェテスも意図していなかった効果が存分に発揮されていて、映画は奇跡の連続であり、一瞬たりとも目が離せなかった。音楽も最高にカッコ良く、映っているモノがとにかく凄い。こんな映画撮られたら身動きが取れない。女優では、やっぱりジーナ・ローランズ。あとリン・カーリンも素晴らしい。本当に素晴らしすぎる映画。

再会の食卓

ワン・チュアンアン、2010。「トゥヤーの結婚」といいこの映画といい、ワン・チュアンアンの作品にはヨーロッパの映画祭のニオイがする。それはルッツ・ライテマイヤーの大きく包み込むような独特の切り口や、そのアジア的な脚本の面白味がヨーロッパで受けそうな気がするから。この映画は本当によくあるお話で、僕は何の面白味も感じなかったけれど、多分面白さというのは中国側の2人の老人なんだと思う。ばあさんは台湾から何十年ぶりに来た夫には愛があるからと言って台湾に一緒に行こうとる。中国の夫はそれを歓迎する。ここの部分があの世代のあの感情が何十年も止まっていたものであり、それを娘達に話すと大反対を受ける。これが時間が止まっていない方の考え方。中国の夫が脳梗塞で倒れて結局一人台湾に戻る元夫。僕にはちょっとこの映画の面白味というのは分からなかったし、上海というのはどこからどう撮っても面白くない。こういう映画を見るのなら、もっと中国アンダーグラウンドな方の映画の方が見たいなあ。

懺悔

テンギズ・アブラゼ、1984。ソ連時代のグルジアで撮られた映画。多分監督は映画の教育をかなり受けているのだろう。この映画は映画の驚きに溢れていて、映画の美しさにうっとりとしてしまうシーンが多い。でも中盤、台詞の多さに対して見た目の凡庸さが目立ち、眠った。気付いたときには映画は終盤だった。映画は所々にハッと驚くような短いシーケンスを入れたり、あとは音楽の使い方は素晴らしかったり、とにかくソ連的な映画技法を楽しむことが出来た。映像の質感やスタンダードサイズの撮影は昨今の映画とはかけ離れている。とにかくこの映画はアイデアに満ちていて面白い。ソ連のお決まり事項のように、2年間上映禁止。その後上映されると話題となりモスクワなどでも上映。ソ連が崩壊していく中で、この映画は記録的なヒットをしたらしい。