VERSUS

北村龍平、2000。不思議な映画。 アクション。映像を作るのが上手だけどダサい。映像の連なりを作るのが凄く上手だけどダサい。役者は演技も外見もダサい。でも男女の幾つかのシーンなんか は映画的な感動をしてしまう。映画内映画。全てにおいて現実と比較することを避ける映画。フィクション。こんな浮世離れ映像に対して、音の使い方を軽々に は判断できないが、最悪のアフレコ。架空の言語の世界の映画の下手な日本語吹き替え版。音楽もダサい。時間の長さに憤慨。

太陽はひとりぼっち

ミケランジェロ・アントニオーニ、1962。良作。アラン・ドロンは脇役で、モニカ・ヴィッティの映画。モニカ・ヴィッティは前見たときの記憶より表情が豊かで、行動も論理的であった。見たのはフランス語版だったのだが、モニカ・ヴィッティの魅力はイタリア語でこそ輝くのでイタリア語版で見たいところ。舞台もイタリアだし。アントニオーニにしては「意味」がありすぎる。邦題酷い。

スケアクロウ

ジェリー・シャッツバーグ、1973。傑作。ニューシネマ風ロードムービー風ドラマ。導入が印象的。心の痛み系の映画で、ここまでエンタテインメントでバディな映画も珍しい。主演者二名の功績か。ヴィデオで見たのだが、フレーミングがとても変で、画が窮屈で、調べたところ、オリジナルはスコープサイズなのにヴィデオはスタンダードサイズ。横幅半分くらいカット。ヴィデオでこの映画を見ても、そのフレーミングについて語る権利は無い。何度もヴィデオで見た。権利を 粗暴に奪う商業世界。映画産業はパッケージ商品の取扱いが雑すぎる。DVDはシネマスコープ。もう一度見るのも面倒くさい。

ザ・ロイヤル・テネンバウムズ

ウェス・アンダーソン、2001。凡作。スタイルがあるのだが、そのセンスが非常に曖昧。致命的に行儀が良い。否定するほど自分なりに享受出来ない。色と音楽の 使い方は嫌い。彼の演出は思いつきの感じがしないから窮屈。分からない映画。

魔法使いのおじいさん

G・アラヴィンダン、1979。マラヤーラム語。不明。殆ど眠った。台詞が凄く少ない映画。同じようなシーケンスを多用する映画。このループが眠気を誘う。前回見たマラヤーラム語の「ねずみとり」同様、商業映画の時間感覚は皆無。これも眠気を誘う。眠くないときに家で見たい映画。時間も空間もどうしようもなく素朴で、その素朴さを作為的に演出してない感じが良い。佐藤忠男の私的な生涯ベストワン映画らしい。

放浪者

ラージ・カプール、1951。ヒンディー語。傑作気味。3時間の大作。ボリウッドがこれほどまでに成熟した映画文化を築いていたことを全く知らなかった。当時のハリウッド社会派映画を そのまま引用して、欧州的な野心的映像演出も試みつつ、後は素晴らしき歌と踊りの世界。フィルム状態が悪いし、カッティングも乱暴なのだが、凄く生命力の ある映画。商業映画として素晴らしい。ダサい映画だけど。当時は日本も映画黄金期で、宝塚&松竹という強力な歌劇文化を持ちながら、歌劇的要素を持つ映画が弱い。小規模オルタナで終わった。

三日月

バール・マヘーンドラ、1982。タミル語映画。佳作。カマラハーサンとシュリーデーヴィによるスター映画。娯楽小品で二時間半。スター知らぬので楽しみ方の殆どを捥がれた状態。歌あり踊りありだが結構普通のベタベタドラマ。スターの芸に酔いしれる。オールアフレコ嫌い。撮影や照明はとてもレベルが低い。常識を逸脱している部分多く、少なからずショックを受ける。