ふたりの5つの分かれ路

フランソワ・オゾン、2004。室内の照明は文句なし。一つのショットが全て絵画のようにと言うと大袈裟だけど、本当にショットもカット割も美しすぎる映画。シーケンスメイク能力もばっちり。僕の考えではデプレシャンと共に、ヌーヴェルヴァーグを継承している素晴らしい監督だと思う。オゾン映画なんだけどこの作品は至って普通。最初離婚のシーンから2人のシーン、そしてゲイのシーン。ずっと室内なんだけどこの辺りの画の美しさはびっくりした。オゾン映画のカメラは相変わらず素晴らしいけど、これは照明もすごく良い仕事をしている。結局愛の終わりは何故訪れたのか。それは些細な日常の中にある些細な事柄によって訪れる。というような映画なので、些細な映画なんだなあ。脚本もプロットは変わっているけど脚本自体は至って普通。不倫がどうのとかギリギリ見つからなかったとか、そういうのは一切無い。台詞のディテールが面白いし、何と言ってもこの映画はヴァレリア・ブルーニ=テデスキが美しい。彼女を美しく撮ることは、この映画の重要なファクターだと思う。形、モデル、フィギュアとしての美しさと、性格、雰囲気、表情(また照明が活躍)の美しさが見事に表現されていて、当時40歳くらいなんだけど、全然おいしそうだった。

ブルーバレンタイン

デレク・シアンフランス、2010。素晴らしい作家主義的映画。カサヴェテスとの比較も多いようだが納得。通俗的な悲喜劇などこの映画には全く無く、ただ愛(家族)の始まり、愛(家族)の終わりを、本当にただ描いている。愛が始まる時(過去)と、愛が終わる時(現在)の2本の時間軸が交互に流れる構成になっていて、愛の始まりのみずみずしさ、演出も素晴らしく圧倒的にビビットに伝わる感情の露出。カメラも手持ちを中心に愛の中に走っていく二人を追いかけ、愛の終わりの方ではヒリヒリとした二人の距離を具体的に提示する。現在のシーンがあまりにも痛くって、過去のシーンのぬくもりに慣れた頃に現在のシーンに変わると本当に辛かった。オープニングとエンドロールはカッコいい。カメラは殆んどカッコよかった。ミシェル・ウィリアムズを丹念に捉えるその眼差しに僕の目は完全に一体化してしまった。ミシェル・ウィリアムズがますます好きになった映画。この監督はかなりマニアックなことしてるんだけど、ポップというか商業ベースに乗せられる作品を作れそうで、素晴らしいバランス感覚を持っていると思う。これからも期待してみる。あと、音楽がいい。多分Grizzly Bearとか使っている。音楽がいい上に音楽の使い所がいい。全くかなわないと思った。久しぶりに傑作に出会った。

みんな私に恋をする

マーク・スティーヴン・ジョンソン、2010。クリステン・ベル主演のロマンティック・コメディ。何故これを見たかといえば、91分という尺の魅力に吸い寄せられて見ただけ。映画自体は真面目な映画で、コメディとしてはぶっ飛んでない。ウィル・フェレルが出てるようなコメディの方が好き。この映画はコメディとしては幼稚かなと思った。恋愛に敏感なティーンとか20代前半の女性向けの映画なのかも知れない。でもこういう分かりやすいコメディって日本に無いんじゃないかなあ。いい女主演にして良質なコメディ撮ったりしてほしいなあ。クリステン・ベルじゃそそられないんだよねえ。

悪人

リ・サンイル、2010。僕はちょっとリ・サンイルの知り合いがいて、前作『フラガール』はやってしまいました映画という扱いらしい。要するに商業映画に徹した作品。いつも己を出す監督で、『スクラップ・ヘブン』とか『69 sixty nine』とかはもう見ただけでリ・サンイル印の作品という感じ。大胆なカッティング、色使いなんかはリ・サンイルとすぐに分かるこれは『青』でもそうだった。それを商業に徹したフラガールで職業監督として仕事をした。その次どうなるか。そして出た結果は、商業的駄作。『フラガール』はリ・サンイルにしてはムードが明るいからまだいい。でもこの映画は暗い。とても暗い。雨が降り続き、夜に山の中で何かが起こる。この閉塞感の中、話は進む。僕は根本的な論理が良く分からなかった。悪い人が悪いことをするわけではない。悪いことをした人が悪い人である。悪人というのはこれに尽きるんだけど、どうもマスコミ、岡田将生、悪徳商法、あと妻夫木。この辺りの悪の規定に僕は疑問をいだいたね。それはこの映画の根本だから、僕には映画はどうでも良いものになってしまった。映画のプレダクトデザインとしては、久石譲の音楽が酷い。2時間ドラマのような音楽。聴いてられない。撮影照明はあまり気づかせてくれるものは無かった。やっぱりこれは脚本の映画。だからドラマを作る手法で、大胆なことはしていない。役者でいえば、岡田将生と満島ひかりはとても良かった。このレベルの役でこのレベルの俳優がいるのは日本映画も頼もしいね。あとベテラン俳優の間のとり方。これが長い長い。こういうのあっさり片付けてサクサク進んでもらいたかった。シーンメイクは単純だし、脚本も単純だし、よくこんな映画とってしまったねリ・サンイル。彼がクリエイションを維持して商業映画を撮る。つまり森田芳光的なポジションに行きたいのだとすれば、もうちょっと単純に面白い映画を撮れないとね。いつも暗いし。あと尺が長過ぎる。僕は140分とかそのくらいの映画は大嫌い。

モア・ザン・ア・ゲーム

クリストファー・ベルマン、2008。レブロン・ジェームズとその仲間たちの主にセント・ビンセント=セント・メアリー高校時代を振り返ったドキュメンタリー。ファブ4と呼ばれるレブロンのダチは中学から高校まで一緒にプレイした。レブロン・ジェームズの高校時代はバスケットボールファンなら誰でも知っていると思う。ビデオがあるのは当たり前で、予想ではそれ以外のビデオも集めてそれを編集したのかなと思っている。レブロン・ジェームズという選手はキャプテンシーがなくカリスマ性が無く、ここぞと言うところでメンタルが潰れるスーパースター。高校時代はプレイレベルが他を圧倒していたからそれだけでカリスマだったのかもしれない。でもプレイではピンチを救ったりはもちろんできるが、コートの外の存在感、発言を聞いていると、責任とか負いたくない様に見える。まあこれからひーとでキャリアはピークに行くから、ビッグ3でファイナル制覇して欲しいね。でもこの人本当に人気無くて、コービー・ブライアントとかドワイト・ハワードの方が人気あるし面白いんだよね。で、最近のレブロンのトレーニングは欠点の克服らしく、あまり欠点無い人だから、また地味なことするんだなあ。まあ映画の方はあまり面白くなかった。チビのガードがカッコよかったな。最後の優勝の瞬間はキープだったんだけど、レブロンからチビにパスして終わった。

ベンダ・ビリリ!

フローラン・ドゥ・ラ・テューレ、ルノー・バレ、2010。これはメチャクチャ面白い。何だか自分が撮った映画とかぶって、ああいう阿呆どもを追っていると何に出くわすかわからないし、自分の思っていた常識があっさりと覆されたりして面白い。そしてまた身体障害者というキャッチー炸裂具合が凄い。車もカッコいいし、やっぱりイスラエル・ヴァイブレーションもそうだけど、ガリガリの体に松葉杖とかカッコいいんだよね。ちょっと有名になって金が入ったから多分障害者の住処を爆破されちゃって、住むとこないままヨーロッパツアー。ツアーの最初の曲?で少年がラップから一本ギターがジミヘンみたいになるのは凄くカッコよかった。あと最後の、脚が無いけど踊るの大好きなおっさん全てが自分の価値観とは違っていて、例えば「俺は仕事だから練習は2時から。動物園で」という台詞はありえない。こんな脚本書いたらバカにされる。ドキュメンタリーの特権だね。なんかあのオヤジたちは障害者同士助け合おうという感じもなく、バンドメンバー同士仲悪いんじゃないかと思ったりもするし、路上生活者で身体障害者で施設爆破(放火?)されても余裕で生きてるバイタリティなんだよあれ。あとあのベースのおっさん渋かったなあ。デビューアルバムが公園録音というのも、フィールドレコーディングに近いものがあり良し。彼らは本当に路上生活状態からヨーロッパツアーに行ったのかなあ。あとつくづく思ったのは小規模ドキュメンタリーのスタッフは最低2人は必要だということ。この映画は字幕がない方が面白いと思うなあ。台詞の内容よりは勢いとか、ダミ声とかソッチの方を優先したほうがいいと思う。

ヤコブへの手紙

クラウス・ハロ、2009。フィンランド映画。新約聖書からタイトルを付けたという時点ですごく嫌な雰囲気が漂う作品。かなり宗教的な映画だった。ここに宗教が入らなかったらかなりの傑作。基本的に、デブ女と牧師と郵便配達員しか出てこない。そしてフィンランドのハメーンリンナの自然は素晴らしかった。郵便配達員は殆んど同じようなショットで登場するけれど、その美しさ。牧師とデブ女が手紙をやり取りする椅子は草花が覆い茂って虫の声がうるさいんだけど魅力的な場所だった。この映画、アップが多いんだけど、デブ女の生命力に比べて他の男の生命力のなさ。でもデブ女も自殺未遂しちゃうから生命力無いんだよね。まあラストが青春映画のようだったけど、かなり生きていくのがしんどい映画だね。この映画は500万円くらいしかかかっていないと思う。これほどローバジェットでこのクオリティーはなかなか出来るものじゃない。前編に漂うストイシズム。そして75分という短尺。もうちょっと面白けりゃ最高だった。