PEEP “TV” SHOW

土屋豊、2003。佳作。えづらがダサくてげんなり。ドキュメンタリかと思ったら劇映画だった。 劇映画にしては演技が下手すぎる。多分監督がやってるであろう編集は、とても感覚が良い。ゴスロリもテレビもパソコンもあまり見ないのでテーマが良く分か らなかった。アジアのどこかの国の映画を見ている感じ。ビデオって何か恥ずかしい。

男性・女性

ジャン=リュック・ゴダール、1965。超良い。画に大きな変化。ラウール・クタールも「勝手にしやがれ」以 外は、コントラストの効いたシャープなモノクロ画を作っていたが、この作品の撮影ウィリー・クランは極端に言えば白と黒しかないような冷徹な画作り。あ と、優雅な長回し2シーン、素晴らしすぎた。特に2つ目の長回し、娼婦と証明写真のところ、長回しにも色々なやり口があるが、この長回しこそ自分のイメー ジする長回し。それによりその後のコインランドリーのシーンのトリッキーなカット割が生きた。相変わらず音に対しての野心的な感性は鋭すぎる。使い方、タ イミング、出し引き。凄い。ドキュメンタリな演出スタイルも多々素晴らしい。インタビュアーと対象の関係性の形が凄く良かった。シャンタル・ゴヤのマフ ラーが素敵。カフェのレオは何時見ても素晴らしい。多くの人々の文化的価値観として、哲学や政治思想はファッションであり、そのファッション性をまだ存分 に残してくれている。難解さが許容範囲内。ゴダール回想、今のところ驚愕しまくり。

夜の河

吉村公三郎、1956。駄作。山本富士子に驚いた。顔面が理解不能。女性の映画なのに山本富士子を女性として認識出来ず。宮川一夫の撮影に衝撃を受けなかったのは初めて。フィルムのプリントが悪いのか。青い映像だった。京都弁映画を立て続けに見るのは苦痛。客が老人ばかりだった。老人の臭いに耐えられず 帰宅後嘔吐。明日も見たいのだがどうしよう。トラウマになる臭い。老人達に初めて囲まれた。共生出来ない。老人アレルギー。

偽れる盛装

吉村公三郎、1951。凡作。吉村初見。監督としてはよく分からず。吉村新藤コンビ魅力感じず。時代を とっても感じさせる作品。大映なんてそんなもんか。見て楽しんでなんぼのもんか。当時の京の茶屋文化を全く存ぜぬので見辛いものだった。大変古くて嫌な文 化圏だった。現代の視点から見ても楽しめない。進藤英太郎が良かった。京マチ子は大器っぷりを見せ付けていた。京マチ子に新しい時代の強き女の生き方を託しているのかなあ。

メイド・イン・USA

ジャン= リュック・ゴダール、1967。良作。「気狂いピエロ」(キ)を正統に継承する作品。キほどの時間的優雅さは無い。小映像美はキをも凌ぐ。キ同様、鈍器で殴 られ意識朦朧としたときのような映画。原色使い、フレーミング、カット割り等ポップアートとして楽しい。脱物語的な物語。不親切。映画的野心に衰え。ゴ ダールに飽きさせる映画。アンナ・カリーナが不細工になってきた映画。でも素晴らしい。物語の体裁を保ったゴダールもここらが限界か。

失楽園

森田芳光、1997。駄作。R-40指定。内容が無い。内容が無い上に、演出もかなり抑制効かせている。見方が分からない。大正時代の性描写革命を高らかに謳い上げるような脚本。原作相当古いのだろうか。性描写にかなり保守的な、映画という媒体の愚かさを露呈。性描写映画。愚か。所々遊んでいるようなカメラワークあり、これは試し撮りをしている感じ。愚か。黒木瞳は素敵だったが、カラダ以外はもう知ってた素敵さ。