横道世之介

沖田修一、2012。とても良い映画だし、長い映画になるのは必然だと思うのだけれど、あまりにも長すぎる。20分くらいは縮めてほしかったところ。沖田修一作品も撮影の近藤龍人も大好きで、ふたりの良い部分は存分に味わえる映画だったかなと思う。とても不思議な脚本になっていて、特に中盤以降は高良健吾のなんでもない数年間のできごとが、十数年後の友人たちから語られる構成が目立ち、写真のシーケンス以外はこれといって感動的ではないのも不思議な感じだ。これはひとえに高良健吾の感動の与えなさの勝利であると思う。高良健吾は美化されず、十数年後の友人たちも美化したりはしない。ただ高良健吾を触媒にして人は輝きを放つ。そんななかで見えてくる部分と見えてこない部分が入り交じることで、物語は豊潤なものになっていた。演者はみんな素晴らしいのだが吉高由里子がとりわけ魅力的だった。95点。

タクシー運転手 約束は海を越えて

チャン・フン、2017。韓国で1980年に起きた光州事件をめぐるジャーナリストとタクシー運転手の事実に基づく物語。カメラはほとんどソン・ガンホを追っており、それゆえに視点はソン・ガンホに固定される。この事件というか当時の情勢がどこまで世に知れ渡っていたのかはわからないが、ソン・ガンホは何も知らないただの心優しき愛国的なキャラクターである。そんな視点から広州事件が描かれているのがおもしろい。描き方もドキュメンタリー的にはならず、娯楽映画なのだが、娯楽的なアクションは控えめで、軍による虐殺シーンなんかはスマートに撮っている。やはり恐るべきはソン・ガンホで、コミカルな面の信頼性は抜群であり、シリアスな面の複雑な心情も見事に演じている。あと演者ではタクシー運転手のユ・ヘジンが強烈な存在感を見せつけていた。95点。

アルカトラズからの脱出

ドン・シーゲル、1979。実話をもとにした脱獄モノ。基本的にはサスペンスやスリラーを基調として描かれている。つまらない映画ではないのだが、エキサイティングだったかと問われると、まずまずとしか言いようがない。ではなにがまずまずエキサイティングな映画にしているのかといえば、まずはイーストウッドの好演だろう。頭が良くて体が強くて、どこかユーモアもあるキャラクターはイーストウッドならではのものだろう。あとはこの映画は脱出に重きが置かれているため、刑務所の生活描写をあまりしていない。かなりストイックな構成になっているのだが、それでも飽きさせないのは、ドン・シーゲルの演出力によるところが大きいと見た。脚本もよくできている。演者も好演が目立つ。それでもこの映画は、ベッケルやブレッソンの脱獄モノと比較すると、どこか凡庸な感じがしてしまった。95点。

終電車

フランソワ・トリュフォー、1981。ドイツ占領下のパリの劇場を舞台にしたドラマ。映画を構成する各要素が素晴らしい。人の動きやカメラワークは絶品であるし、道具の使い方も申し分ない。カトリーヌ・ドヌーヴのエロスは健在で、炸裂していたといってもいい。 ジェラール・ドパルデューも悪くない。演者は総じて好演をしている。だがこの映画にはヌーヴェル・ヴァーグ的な遊び心が少なすぎるし、トリッキーな演出も控えめだ。かといって正面突破のクラシック映画とするならばドラマが弱い。上映時間は個人的にはあっという間にすぎたものの、やや長いため軽さみたいなものがなくなってしまっているし、かといって重厚さは演出上排除されている。だから素晴らしい演出はたくさん見られるのだが、その演出自体がこの映画の見所になってしまっている。あとはやっぱり見所はカトリーヌ・ドヌーヴ。95点。

犬神家の一族

市川崑、1976。全然怖くないし、それによるサスペンスフルな緊張感もない。しかしそれを求めても仕方がない。この映画はATGなんかが持っていたアングラ臭とは対照的にからりと晴れた映画になっている。サスペンスや謎解きの緊張感がないまま、これだけ惹きつけるのだから市川崑の映像センスには恐れ入る。市川崑にとっては復活作に位置づけてもいい作品だと思うし、その後の大作へと流れる重要な転換点になったと思う。映像センスが素晴らしく見ていて飽きることがない。特に高速カット割に見られる絶妙なカメラポジションなどはとてもおもしろい。この映画は岩井俊二や庵野秀明が好きな映画としても知られているが、たしかにこの映画に見られる窮屈じゃない感じ、風通しのよい感じなんかは次世代に引き継がれていると思う。坂口良子が素敵だった。95点。

父と暮せば

黒木和雄、2004。原爆映画の秀作。原作は井上ひさしの戯曲。実際、戯曲っぽい脚本になっているが、カメラは大いに有効利用されており、特に頻発する長回しが緊張感を持続させている。カメラはポジションも移動にも唸らされた。宮沢りえと浅野忠信の恋物語とへ平行して語られる父、原田芳雄と娘、宮沢りえの物語は、実に多彩な模様に彩られており見ていて飽きることがない。話はすべて根底に原爆があるし、実際重々しい内容も多く含んでいるのだが、ほどよい軽妙さがあり、そのバランスは素晴らしかった。浅野忠信のパートの省略が実に見事で、それが父娘のほぼワンセットのやり取りを充実したものにしていた。物を語る力とか流れとか、そういったものが実に見事で、これは原作の素晴らしさがにじみ出ているようにも感じた。95点。

テキサスの五人の仲間

フィルダー・クック、1966。楽しく見られる西部劇コメディ。なんといってもヘンリー・フォンダが素晴らしく、あのヤバい緊張感なんかはヘンリー・フォンダの顔芸ですべて説明してみせていた。そしてヘンリー・フォンダが決して主役をガンガン張るタイプの映画ではないところもまた魅力的だ。妻役のジョアン・ウッドワードはもちろんのこと、ジェイソン・ロバーズをはじめとする五人の仲間もいい味を出していた。西部劇としては最近のもので、カメラもいい顔面をよく捉えていた。冒頭の馬車の疾走がなければ西部劇っぽさもおとなしめである。最後にどんでん返しが待っている映画を久しぶりに見たのだが、やっぱり気持ちのいいものだと実感した。95点。

忘れられた人々

ルイス・ブニュエル、1950。メキシコのストリートキッズを描いたドラマ。ブニュエルというのは単純に劇映画を作るのがうまいってことは『黄金時代』で発見されたことだと思うのだが、この作品でもそのうまさは土台になっている。そこに彼独特の変態性というか象徴性みたいなものがうまく絡み合う。それがシュールレアリズム的といわれればそれまでなのだが、夢のシーンのスローモーションで見られるイメージや、少女が乳を浴びるといういかにもブニュエル好みのシーンをはさみながら、映画はとりたてて面白いとも思えないストーリーラインからはみ出しすぎることなく進んでいく。悲劇が悲劇を生み絶望的な展開になる。いろんなシーンが目に焼き付いている映画ってそうそうないけれど、この映画はそういう映画だと思う。100点。

白い暴動

ルビカ・シャー、2019。英国で巻き起こったムーブメント、“ロック・アゲインスト・レイシズム”を追ったドキュメンタリー。僕はこの界隈の時代や人脈の流れをある程度把握しているつもりでいたのだが、こんなことがあったなんてぜんぜん知らなかった。ただ政治的なドキュメンタリーではあるものの、とてもポップな画面構成や音楽が印象的だった。イギリス民族戦線のナチ共や、モッズの流れからオイパンクなどにたどり着いたスキンヘッズが敵として登場するのだが、激しい抗争などよりも目につくのはギリギリ平和裏に行われるデモであったりする。『白い暴動』とタイトルにはあるが主人公はクラッシュではなくその歌詞であり、あくまで“ロック・アゲインスト・レイシズム”の活動家たちだ。英国ってこういう揉め事(結構ハードなの)四六時中起こしている気がするけど、文化芸術がギリギリ守られているなあと感心してしまった。主要人物では一番被害を被ったと思しきデニス・ボーヴェルがかわいそうだった。100点。

生きてるだけで、愛。

関根光才、2018。本谷有希子の同名小説の映画化。これは本を読んでから見たのだけど、本にはあった瞬発力がなくなっていて、代わりに人生の機微を丁寧に捉えた秀作となっている。映画では鬱とか躁とか睡眠障害が全面にリアルに出ており、その分瞬発力が欠けたかなという気がする。小説はあまり覚えていないが、病気なんて結構どうだってよかったように感じた。で、結局のところ、小説が面白かったから映画も見てみようと思ったわけで、映画単体で見ようというモチベーションとなるものはなにもなかった。見始めるまでは。でも実際小説より劣ると思いながら見てしまったのだが、決してつまらない映画ではなかった。趣里は主演らしく画になる女優で、菅田将暉は余裕の安定感を見せていた。仲里依紗がもうちょっとぶっ飛んでくれると良かったかもしれない。小説での仲里依紗の役はかなりイカれていたと記憶している。ラストへとつながる一連の流れは長すぎたのかもしれないが、恋愛映画としての完成度は小説に引けを取ることなく素晴らしかった。95点。